「病院の人類学的研究ー中立であることは望ましいか、また可能か?」

病院の人類学を続けていらっしゃるプシェルさんの「病院の人類学の中立性は可能か?また望ましいか?」に参加した。それは学者としての自分の立ち位置が研究の視点に繰り込まれているようにみえて興味深かった。「未開の地の原住民の習俗」について研究する人類学者に対するステレオタイプだけれども当たっていなくもないような批判として、人類学者が「原住民の習俗」を観察するためにその人びとと交流することによって、その交流の影響によって「習俗」は変容し失われていくのに、あたかもそんなことがなかったかのように単に観察者として対象を語ってしまうと言われるのを聞いたりすることがある。このあたりにプシェルさんは自覚的で、量子力学においては観察者によって観察されるものの位置などが決定されるという話をしながら、人類学者でも単に観察しているだけでなくて、その観察するということそのものによって対象が変化するということを強調する。印象的だったのは、プシェルさんは手術室や病室で医療の現場を観察し、現場でのあまりのことに心動かされた。そしてその感情の揺れ押さえつけることなく泣いたという。これは、自らの感情を抑えなければならないという「習俗」に住まい、無感動に身体・死体を切り刻む自分のことを時には「死刑執行人」とか「怪物」だと考えてしまうこともある医師にとっても、プシェルさんに習って自らの感情を表に出すことで自己イメージを修正しなおす機会にもなるのだ、とおっしゃっておられた。あるいは、観察した結果をまとめ、それを看護師や医師に見せ、相談しながら、病院にある問題を共に解決するために協力できるものとして自らを位置づける、など。病院という閉鎖的な場所に学者が入ることで起こる変化なども逃さず「漂う注意力」でとらえようとつとめること。ここには、学者ではない人との関係や、研究対象との関係を、単に客観的記述するものと記述される対象という関係ではなく、学者もその場に参加するものとして位置づける議論を創るための可能性がある。
 僕のよく読んでいるマウリツィオ・ラッツァラート(ラザラトのほうが読みは近いかもしれない)は、これまでの構築主義は、コミュニケーション過程を構築することと混同しており、そんな構築主義ではダメだと批判する。そして、創造過程を含めた構築主義を提案している。これは何のことかイメージが湧きにくかった。大体、だれが創造するのか?記述されたものから何か新たなものが立ち上がるというわけはないと。しかし、考えてみれば創造過程は記述者であり参加者である学者と、記述される者であり同じく参加者であるその学者を受け入れる側に人びととの双方で起こるのではないだろうか。学者が入ったことや論文を書いたことで起こる感じ方の変化、それまではなかった観点の獲得や問題の解決などが出てくることが「創造」であり、このような意味での創造過程をも含めた構築主義を作り上げるというのは、学者が多くの場所に参加するようになった現在にあっては重要で必要なことなのではないだろうか。

演題:"Faire de l'Anthropologie a l'hopital: la neutrailte est-elle
souhaitable? est-elle
possible?"(仏語報告)
「病院の人類学的研究ー中立であることは望ましいか、また可能か?」
日時:2007年4月11日(水)、16:30〜18:30
会場:創思館403教室
講師:マリー=クリスティーヌ・プシェル(国立科学研究センター(CNRS)研究部
長)
通訳:加納由起子(神戸女学院大学
司会:渡辺公三立命館大学大学院先端総合学術研究科)
註:一部ヴィデオを使うかもしれません
主催:立命館大学大学院先端総合学術研究科
    科学研究費「患者主導型科学技術研究システム構築のための基盤的研究
」 (代表 松原洋
子)
共催:立命館大学人間科学研究所

○講師プロフィール
Marie-Christine Pouchelle
Directeur de recherche au CNRS,
Centre d'Etudes Transdisciplinaires
Equipe de l'Institut Interdisciplinaire d'Anthropologie du contemporain
(CETSAH/IIAC)
マリー=クリスティーヌ・プシェル
国立科学研究センター(CNRS)研究部長
超領域研究センター
現代世界の人類学・学際研究所研究班(CETSAH/IIAC)

著作
L’Hôpital Corps et Ame . Essais d’Anthropologie
Hospitalière, Paris, Seli
Arslan, 2003, 218 p.
「病院―身も心も、病院人類学の試論」2003年
Regards sur l'Hôpital Boucicaut, (collaboration Lucienne Carpot),
Paris, Secteur
Edition de l'AP-HP, 2000, 85 p.
「ブーシコー病院を観る」(共著)2000年
Regards sur l'Hôpital Laennec, (collaboration Muriel Pissavy), Paris,
Secteur
Edition de l'AP-HP, 1999, 65 p
「ラエンネック病院を観る」(共著)1999年
Regards sur l'Hôpital Broussais,, Paris, Secteur Edition de l'AP-HP,
1999, 61 p.
「ブルッセ病院を観る」(共著)1999年
Corps et chirurgie à l’apogée du Moyen Age. Savoir et
imaginaire du corps
chez Henry de Mondeville, chirurgien de Philippe Le Bel, Paris, Flammarion,
1983, 389 p.
「中世盛期の身体と外科術―フィリップ美男王の外科医アンリ・ド・モンドゥヴ
ィルにおける身体の
知と想像」1983年
論文多数